沿  革

 全国高校野球選手権大会発祥の地として知られる本市立花町には、同時期に府下最初のテニスクラブ  (大阪庭球倶楽部)が大阪毎日新聞社の肝いりで開場され、第一回の関西選手権大会が開催される等、野球とテニスにとっては真に由緒ある地であります。

 加えて,大正14年に創設された府立豊中中学(現豊中高校)はその影響を受けて創立早々の大正14年の全国中等学校庭球選手権大会に初優勝し、それ以降数次の全国制覇や好成績を遂げており、デ杯選手を始め有名選手を輩出したテニスの名門校であります。

 戦後、沸き上がる市民のスポーツ熱に呼応して、豊中市が他都市に先んじてテニスコートを整備されたのを契機に同校テニス部OB会が中心となってテニスの輪を全市に拡大すべく、広く市内の同好の士に呼びかけ同好会の統合及び組織化を図って、昭和24年春に結成された豊中市硬式庭球部が本協会の原点であります。

 以来、数次の名称及び組織変更を致しましたが、春・秋の市民大会の主催、主管を始めとして指導者育成講習会、ジュニア講習会、テニススクールの開催等々一貫して豊中のテニスの底辺拡大、発展を旗印に精進、努力を重ねて現代に至っております。 

 

活動年譜

昭和24年 06月   軟式野球部、軟式庭球部と硬式庭球部により豊中市体育連盟を結成。

  24年 08月   大門公園テニスコート(クレー)完成。第1回記念市民テニス大会開催。

  28年 06月   豊中ローンテニスクラブに名称変更。

  38年 04月   大曽公園テニスコート(クレー)完成。(大門公園コート廃止)

  39年 11月   市教委主催テニス教室が開講され、指導を主担。

  44年 01月   豊島公園テニスコート(ハード)完成。(大曽公園コート廃止)

  45年 05月   第1回春季テニス大会開催。

  53年 08月   第33回 大阪府総合体育大会にて本年度より硬式テニスの部が新設され一般女子            が初出場、初優勝を飾る。

  54年 04月   北部11市 1町 で結成された北大阪テニス協会に加盟。

           本年度より市教委主催のテニス教室が豊島体育館でも開講。(昼夜間)

  56年 04月   日本テニス協会の機構改革により、12団体にて豊中テニス協会を結成し、大阪                           府テニス協会に加盟。

  56年 04月   原田南テニスコートが開設され、活動の拠点を同コートに移す。

  57年 09月   従来の勤労者対象の日曜テニス教室に加え、水曜日の婦人教室を開催。  

  58年 04月   野畑テニスコートが新設され、市民テニスの底辺拡大に一層の拍車。

  63年 04月   大阪府教育委員会表彰。

平成01年 10月   文部大臣表彰。

  05年 04月   組織変更を行い、新たに豊中ローンテニスクラブを中核とした豊中市テニス協                           会として豊中市体育連盟に加盟。

  07年 06月   市教委主催の日曜テニス教室廃止に替って、市民の強い要望に応じて協会主催                           の日曜テニススクールを開設。

  11年 08月   本年度より、市民テニス大会に男女小学生シングルスの部開設。

  13年 06月   市教委主催の水曜婦人テニス教室廃止に伴い、水曜婦人テニススクールを協会                           主催にて開設。

  19年 05月   待望のふれあい緑地コートが一部完成し、春秋の市民大会も服部 緑地コート、                              原田南コートの併用により好評裡に終了できた。

  20年 05月   ふれあいコート全8面が完成し、共用開始されることになり、市民大会を始め

           とする市、協会主催・共催・後援事業の円滑な運営が行えた。

           今後の事業に付いても内容の充実、新規事業の一層の拡大、発展が多いに期待

           できる。

 

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